まほろば

HOME > かぎろひ通信 > まほろば

vol.6 かぎろひ~曙の光~ 

師走の声を聞くと、奈良市内は春日大社のおん祭り色でいっぱいとなります。
この若宮のおん祭りは、関東地方の血の気の多いワッショイ祭りとはまったく異質で、
なんともゆったりとしていて、京都の葵祭りのような、お練りを眺めているようなそんなお祭りです。
お祭りの三日間、興福寺から春日大社一円は、晴れ晴れとした優美な色に染まります。
まさに多種にわたる芸能のお披露目によって、五穀豊穣と人々の安寧が祈られるのです。
無事に芸能が奉納されると、底冷えのする寒さとともに、鼠色の雲が厚くたれこんで、
奈良盆地は籠りの季節となります。
冬という季節は、省みることに適しているようです。
下界の音を遮断し、我の中に籠り、自省し、暮の鐘の音とともに再生を祈念するのです。
十二年前、雪のちらつく日に春日さんへお参りしたことがあります。
人気の無い参道には鹿が二頭寄り添って座っていて、
そのうちの一頭が通りかかった私を一瞥した後、何も無かったかのようにまた、遥を見ていました。
なんと悠然とした佇まい。
私はいったい今まで何をしてきたのか、これから何をすればよいのか。
それは、あなたが決めることだと、鹿が教えてくれたようでした。
その時に求めた酉の干支の一刀彫を出してみました。
来年、また一回りして、年女となるのか、と感傷めいたことを胸に抱きつつ
あの鹿の一瞥された視線を思い出します。

ひむがしの 野にかぎろひの立つ見えて かへりみすれば 月かたぶきぬ
(柿本 人麻呂)

人麻呂が、一つの時代の終わりと、新しい夜明けの時を奈良の阿騎野というところに
立太子を控えた軽皇子のお供で訪ねた時の歌です。
今ではかぎろひの丘というところで、かぎろひを鑑賞する会もあるとか。
自然の営みに時代の変化を重ねた、なんとも日本人らしい歌です。
かたむく月影を惜しみながらも、毅然と新しい皇子とともに生きて行く、
まさにその時に、目の前には神々しいほどの曙の光が大和の山の端を紅く染めているのです。
かぎろひ、です。
そのあふれる曙の光を浴びて、再生の力を満々と頂き、毅然と前に進むばかりと意を決するのです。
ふと立ち止まる時、古代から何も変わらない悠然とした自然の力に抱かれていることを、
思い出させてくれる、力強い一首だと思います。

いよいよ町中は年の瀬の慌しい時期を迎えます。
一年間の荷物を降ろしながら、新しい始まりを待つことといたしましょう。
今年の文字「災」が明くる年には転じて、「寿」となりますことを祈念して、
新年を迎えたいと思います。

株式会社柴田衣料店(かぎろひ屋) / 〒630‐8343 奈良市椿井町3番地 / TEL : 0742-20-2222(代)

Copyright © 2010 Shibata Iryoten co.,Ltd. All Right Reserved.